今日はリサイクルや廃プラ、資源、ゴミも忘れて

「フィリピンパブ」特集。


たまには良いでしょう。


今も町にはフィリピンパブは存在している。


前の会社にいた頃、15年位前にフィリピンからの

ダンサーなどの入国がとても厳しくなった。


だから現在日本で働いているフィリピーナは結構年配。


昔のように、16才、17才、18才は多分絶対にいないはず。


私の友人2名は完全に彼女らの手に落ちた。

後輩も入れると、合計3名。


とても近い関係でこれだけいる。


知り合いを入れれば、狂ってしまった奴は数知れず。



フィリピン.JPG


何で急に「フィリピーナ」なのか?


昨日古くからの知り合いの社長と昔話になって、

飲み屋の話をしていたら、色々思い出が蘇ってきた。


まあ、彼女たちの本性というか、環境、暮らし方を知らない方も

いると思うので、とりあえず知っておけば後悔はしない。


また、生活する考え方、フィリピンの人達の考え方を

知っておくだけで、蟻地獄に落ちないで済むかもしれない。

そんな、まだ元気な男の人に捧げます。


以下は実話です。


私の友人ですが、多分このブログの存在も知らないし、もう10年

以上経っているので問題ないだろう。


彼は自分で建設会社を立ち上げて、頑張っていた。

その前にODAの関係で大工としてフィリピンに行った。


そこで当時16才くらいの女の子がお手伝いでついた。


まあ、当然のようにお手付きをしたらしい。


そして仕事が終わって、帰国した。


その後フィリピンの事は忘れていた。


暫くして、家を建てた時に手形を掴まされて、銀行で相談

している最中に「不渡り確定」して、自己破産した。


九州に行くというので、ささやかな送別会を開き10万を

渡して、何かあれば連絡するように伝えた。


それから半年たったある日。


携帯が鳴った瞬間に電話を取った。

そうしたら、九州に行っていたはずの友人の声。


実は九州でも上手くいかず、乞食の様になりながら

蒲郡にたどり着いていた。


そしてやくざの息がかかった、土建屋に住み込んでいた。


間違えて私の携帯を押して、あっと思う間もなく繋がった。


それから、彼の救出作戦を始めた。


当時勤めていた会社の社長を口説いて、入社させた。

僕が保証人となって、アパートも契約した。

とりあえず生活できるレベルに持って行った。


最初の1年くらいは死ぬ気でやってもらわないと、

入れた私のメンツが無いので、ちょっと厳しく接した。


その彼が、入社1ヶ月の時に「話がある」と言ってきた。


何かと聞けば、先ほどのフィリピンに行っていた時の話。

実はお手伝いの女の子は妊娠していて、男の子を生んだと。


その彼女の親戚がフィリピンの政府関係の仕事をしており、

そして彼に国際電話をしてきたのだ。


実は君が帰った後に、彼女は男の子を産んだ。

ODAの関係もあったので、君には内緒にしていた。

ところが、一昨日その男の子が交通事故に遭い危篤だと。

さすがに伝えておかなければいけないと思って電話した。


友人は泣きながら「悪いけど、行かせてくれ」と言うので、

いいからすぐに行って来いと伝えた。


一週間くらいして帰ってきたら、間に合わなかったが

顔を見たら、自分そっくりだった、と。


彼は自己破産した時に、家を残す為に離婚していた。


そしてフィリピンには、自分の子を産んでくれた女の人が

一人ぽっちになってしまった。


それで、色々苦労かけたから結婚しようと言って、

フィリピンで結婚をした。


僕も一緒に3回程フィリピンに行きました。


なかなか凄い所ですね。


フィリピンの人達は教養は高い。

ただ、大学出ても就職するところがない。

だから当時は、今もそうだけど主に女性が海外で働き

自国にいる親、兄弟、親戚の為に仕送りをする。


彼ら彼女らは基本的にクリスチャン。

それも非常に敬虔なキリスト教徒。


まずはそれを覚えておいてください。


彼は今まで、たった一人で子供の面倒見ていくれたので、

その女性を非常に大切にした。

フィリピンに家も建てた。(日本円で300万円くらい)


僕も一緒に親戚の家に行ったけど、とにかく人が集まる。

そしてご飯を奢らなければいけない。

確かに安いが、子どもも入れて10数人いたが、これは普通だと。

食事は基本的に、コーラ・フライドチキン・ライスです。


大体これ。体にいいとか、悪いとかではない。

これが大好きなのだ。


毎月3〜5万円送っていた。

盆休みなどはフィリピンに行っていたが、ある時に

難しい顔をしていた。


彼女が「脳腫瘍」に冒されていると病院で言われた、と。


友人は社長に訳を話し、300万円を貸してもらった。


そして、フィリピンにいる彼女の父親に送金した。

当然手術を受けさせるためだった。


そして暫くしてからフィリピンに飛んで行った。


そこで友人が見た物は、大型のデジタルテレビ、

無かった中古車、その他の新しい家財など。

そして肝心の嫁さんは、そのまま手術も受けていなかった。


彼が怒って父親に「どうなっているのだ」と問い詰めたら、

私の娘は悪霊に祟られた、もう助からないのだよ。

助からないのにお金を使うのはもったいない。


だからその金で、皆が喜ぶ最新式のテレビを買ったのだと、

それのどこが悪い、と父親は当然の様に彼に言った。


その後彼女は亡くなるのだが、死ぬ前に自分の世話をしてくれた

親戚のまだ20才前の女の子を指して、「私はもう死ぬから

代わりにこの子と結婚して、彼女と幸せになって」と言った。


事実、彼はその若い親戚の娘とまた結婚した。


まあ、彼女は3年後にフィリピンに帰りましたが。


・・・・・・・・・・・・・

もう一人、私の一つ下の男の話。

かれも当時18才のフィリピーナに狂った。

まあ、年に2回遊びに行くので楽しいと言っていた。


彼は50をとうに越えても独身だから、まあいいんじゃない。

ただ、彼がフィリピンに遊びに行っていた時に、

彼女の弟が「お兄さん、お金貸してください」と言ったので、

千円札を1枚あげたそうだ。


その時に弟が喜んで彼に抱き付いて、耳元で囁いた。

「ありがとう、誰か殺したい奴がいたらいつでも言って」と。


それを聞いてから、フィリピンでの人の命は1000円だと、

妙に寂しい気持ちになった。



次回のこのような話は「中国」の凄いの入れます。


ではでは・・・・


スクラップマスター南

yukimm425@gmail.com